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最高裁判所第二小法廷 平成3年(オ)1334号 判決

上告人

株式会社日証金破産管財人

宇佐美明夫

右訴訟代理人弁護士

森戸一男

被上告人

東亜タクシー株式会社

右代表者代表取締役

鈴木實

右訴訟代理人弁護士

伊藤敏男

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人の本件訴えを却下する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告人及び上告代理人森戸一男の上告理由について

破産手続が終結した後における破産者の財産に関する訴訟については、当該財産が破産財団を構成し得るものであったとしても、破産管財人において、破産手続の過程で破産終結後に当該財産をもって破産法二八三条一項後段の規定する追加配当の対象とすることを予定し、又は予定すべき特段の事情がない限り、破産管財人に当事者適格はないと解するのが相当である。けだし、破産手続が終結した場合には、原則として破産者の財産に対する破産管財人の管理処分権限は消滅し、以後、破産者が管理処分権限を回復するところ、例えば、破産終結後、破産債権確定訴訟等で破産債権者が敗訴したため、当該債権者のために供託していた配当額を他の債権者に配当する必要を生じた場合、又は破産管財人が任務をけ怠したため、本来、破産手続の過程で行うべき配当を行うことができなかった場合など、破産管財人において、当該財産をもって追加配当の対象とすることを予定し、又は予定すべき特段の事情があるときには、破産管財人の任務はいまだ終了していないので、当該財産に対する管理処分権限も消滅しないというべきであるが、右の特段の事情がない限り、破産管財人の任務は終了し、したがって、破産者の財産に対する破産管財人の管理処分権限も消滅すると解すべきであるからである。

これを本件についてみるのに、被上告人の請求は、第一審判決添付物件目録記載の土地及び建物の所有権に基づき、株式会社日証金を権利者とする根抵当権設定登記等(以下「本件登記」という。)の抹消登記手続を求めるものであるところ、原審の確定事実によれば、株式会社日証金は、昭和四〇年一二月二三日、本件登記を経由したが、昭和四一年一〇月一三日、大阪地方裁判所で破産宣告を受けた、というのであるから、本件登記に係る被担保債権が存在するとすれば、それは破産財団を構成し得るものであったということができる。

しかし、記録によれば、株式会社日証金の破産手続は、本件訴訟が提起された平成二年一〇月三〇日以前の昭和五〇年一二月二五日、既に終結しているところ、同社の破産管財人であった上告人において、破産手続の過程で破産終結後に本件登記に係る被担保債権をもって追加配当の対象とすることを予定し、又は予定すべき特段の事情があったとはうかがわれないから、被上告人が本件登記の抹消登記手続を求めるには、上告人を被告とすべきものではなく、株式会社日証金を被告とすべきものであったといわなければならない。

以上と異なる見解に立ち、上告人に本件訴訟の被告適格があるとして、本案判断をした原判決及び第一審判決には、法令の解釈適用を誤った違法があるというほかなく、その違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決を破棄して、第一審判決を取り消し、被上告人の本件訴えを却下することとする。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官藤島昭 裁判官中島敏次郎 裁判官木崎良平 裁判官大西勝也)

上告人及び上告代理人森戸一男の上告理由

○ 上告状記載の上告理由

原判決は、上告人が第一審答弁書及び原審準備書面(一)で主張したところの破産法の各法条(一五七条ないし一六九条、二八二条、二八三条、七条、四条、一六二条、一九七条、一九八条等)の解釈を誤った違法がある上に、最高裁判所昭和四二年(オ)第一二四号、昭和四三年三月一五日第二小法廷判決(最判民集二二巻三号六二五頁……最高裁判所判例解説(民事篇)昭和四三年度(上)二一〇頁参照)に違反した違法なものであって、更に、また、経験則に違反した事実認定を行っているものであるから、これらの違法が原判決に影響を及ぼすこと明らかである。

○ 上告理由書記載の上告理由

一、本件事案は次のとおりのものである。

株式会社日証金(以下破産者という)は、大阪地方裁判所昭和四一年(ワ)第三一二号事件(以下本件事件という)として昭和四一年一〇月一三日午前一〇時大阪地方裁判所において破産宣告を受け、亡宇佐美幹雄が破産管財人に選任され、同人において右破産手続が遂行されたが、昭和五〇年一二月五日同人が死亡したため、上告人が同日破産管財人に選任され、破産手続を進行した上、同年一二月二五日、右裁判所により破産終結決定がなされて、破産手続が終了した。その後、平成二年一〇月三〇日になって、被上告人より、破産終結決定のなされたときの破産管財人たる上告人を被告として、被上告人所有の訴状別紙物件目録記載の不動産(以下本件不動産という)について、破産者を権利者とする訴状登記目録記載の所有権移転請求権仮登記、根抵当権設定登記及び停止条件付賃借権設定仮登記(以下本件登記という)が残存するところ、本件登記には何らの原因関係がないから、これが抹消登記手続を求めるというものである。

二、ところで、商法、破産法等我国現行法令の定めるところによれば、株式会社につき破産宣告がなされると、会社は解散するが(商法四〇四条一号、九四条五号)、破産の目的の範囲内で存続し(破産法四条)、会社の清算手続の特則たる破産法に基づき破産管財人が選任され(破産法一四二条一項、一五七条)、破産手続中は破産管財人が破産財団の管理及び処分権を専有する(破産法七条)。

そして、破産管財人により破産手続が遂行され、配当終結の場合に破産終結決定(破産法二八二条)がなされると、破産会社は法人格を失い(尚、同時廃止又は異時廃止の場合は破産管財人の選任はされず、廃止決定の確定のとき)消滅し、破産管財人も任務終了により権限を失うが、例外的に破産法は残余財産があり、追加配当を必要とする場合(破産法二八三条)又は緊急処分を要する場合(破産法一六九条―時効中断のための訴訟提起等)のみ、破産管財人にその処理権限を認め、かような特別規定のない場合、商法四一七条Ⅱ項により裁判所により選任された清算人に処理権能があると解するのが一般的見解である。

そして、同時破産廃止の場合、管財人の選任がないので、会社の清算事務処理は商法四一七条二項による裁判所の選任した清算人が行うとするのが最高裁判所昭和四三年三月一五日第二小法廷判決(以下上記最判という)である。

三、しかして、上告人は、上記のとおり既に破産終結決定のされている本件の場合、上告人は破産者の破産管財人たる地位を失っているものとして被告適格がなく、本件登記にかかる権利が破産手続終了後に発見された破産者の財産であるとしても、これが抹消登記手続は右の破産法上、例外的に定められた破産者に残余財産があり、追加配当を必要とする場合、又は緊急処分に該当する余地はないので、本件訴訟は破産管財人の右例外的処理権限の及ばないものとして不適法たるをまぬがれないので却下されるべきものである。

そして、本件訴訟のためには上記破産終結決定により、破産者は法人格を失い、消滅されたものとされているが、清算事務が残存している限り法人格は存在しているものとされ、かかる残存法人格を有する破産者において、その財産管理処分権一切を回復しているものであるところ、代表者として清算人の選任を求めた上で、破産者を相手方として訴えを行うべきものであり、これが上記最判の趣旨に合致するところであると主張したものである。

尚、この点について、本件上告後に上告人において調査したところ、同旨の次の判例、及びこの判例について左記の詳細な判例解説が存することが判明したので、これを付記すると共に、本上告理由書が右判例解説を引用し、上告人の一、二審の主張を補充したものであることを付言する。

大阪高裁 昭和六三年三月八日判決、判例時報一二七三号一二七頁、判例時報一二九一号二二一頁、判例評論三五九号五九頁、

判例評論 伊藤真「破産終結決定後に破産会社の名義が残っている抵当権設定登記の抹消請求をする場合の相手方は破産管財人ではなく、破産終結後に選任されるべき清算人であるとした事例」

四、しかるところ、原判決は、

「残余財産が追加配当の目的たるべきものである場合には、破産管財人は、追加配当を成すべき義務を負う(同法二八三条一項)からその限りにおいて当該財産の管理処分権を失わないといわなければならない。

従って、破産終結決定後に破産財団に属する残余財産に関し、提起される訴訟の相手方となるべき者は、当該追加配当の目的となるべきものであるか否かによって、異なることになるというべきであるが、当該財産が当事者の主張自体から又は事柄の性質上明らかに追加配当の可能性がないものでない限り、一応その可能性のある財産として扱うべきであり、右の如き特段の事情のない限り残余財産に関する訴訟は破産管財人を相手として提起すべきである。蓋し、当該財産が追加配当可能な財産であるか否かは破産管財人の具体的調査、検討の結果を待って決っせられるべきものであるところ、このような調査、検討は当該財産に対する管理処分権を背景としているというべきであるからである」と述べた上で「これを本件についてみるに、本件各登記にかかる権利が存在しているとすれば、追加配当の対象となる財産が存する可能性があるというべきであって、追加配当のないことが明らかであるということはできない。……本件各登記の原因たる権利は既に時効によって消滅している可能性が高いと考えられないではないが時効の成否のごときは、本案の審理を経なければ単に時効期間の経過だけで判断することができないのであって、いま直ちに権利が存在しないと断定できるものではない。そうとすれば、本件各登記にかかる権利について追加配当の可能性のないことが明らかであるとはいえないから、本件訴えの相手方は破産管財人である控訴人(上告人)とすべきであるといわざるを得ない」と判示する。

五、しかしながら、右判示によれば、「残余財産が追加配当可能な財産であるか否かは破産管財人の具体的調査、検討の結果を待って決せられる」というものであるから、残余財産が判明すれば、例えそれが追加配当可能な財産か否についてではあるが、常に破産管財人が具体的調査、検討を行うべきことになり、破産終結後においても破産管財人は常に残余財産の発見にともなって、その発見財産の追加配当性を調査、検討しなけれはならず、右調査、検討が財産の管理処分権を背景とするものたること原判決も自認するところであるから、自動的に破産財産の管理処分権を行使しなければならない無限の義務を負担していることが前提となること明らかである。(この点で原判決も一審判決と同じ誤りをしているものであり、この点についての上告人の主張は控訴審提出準備書面のとおりであるので、これを援用する)

六、しかし、法は緊急処分(破産法一六九条)追加配当の必要ある場合(二八三条)等破産法が特に定めた例外的な場合を除いて、その任務が終了していることを定めているのであって、上記判示が上記法の定めるところと矛盾する解釈であること明らかであるから、この限りでは原判決に上記破産法の解釈適用をあやまった違法があること明らかである。蓋し、破産法二八三条一項は、残余財産があって、追加配当の財源となる程度の財産についてのみ、これを管理処分して配当すべきことを定めているのであって、追加配当の対象ともならない僅少なものについてまで、その管理処分を義務づけているものでないことその明文解釈上、明らかであるからである。そしてこのことは、破産管財人の本来の任務が破産債権者に対する配当を実施することであり、破産管財人が破産債務者の利益につながらない活動を求められない本質からも明らかである。(この点は、報酬が配当財団から支給され、設立無効等会社組織法上の争いに関して破産管財人に当事者適確を認めないこと、破産法一六九条の緊急処分も破産債権者の利益を保全するための措置と解されていること破産法一四五条の破産廃止の規定の存在からも明白である)

七、更に、原判決は、上記のとおり「破産終結決定後に破産財団に属する残余財産に関し提起される訴訟の相手方となるべき者は、当該追加配当の目的となるべきものであるか否かによって異なることになるというべきである…」と述べ、右管財人の調査、検討の結果によって当該残余財産の処理担当者が異なるものとしつつ「当該財産が当事者の主張自体から、又は事柄の性質上、明らかに追加配当の可能性がないものでない限り、一応その可能性のある財産として扱うべきであり」と述べているものであるから、上記のとおり破産財産の管理処分権につき管財人に無限の義務を負わせた上で、その調査の結果、追加配当可能なものでないならば、これが管理処分権がないという自己矛盾に逢着するものであって、その限りで判決理由に齟齬が存するといわざるを得ない。そして、この判示に従えば、破産管財人の調査、検討の結果、追加配当の目的となる程度のものでなければ破産管財人を相手方とできないことになるべきことになるから、本件訴訟の目的たる破産財産において追加配当の目的となるべきか否かが検討されるべきところ、この点について釈明権行使は一切存しなかったから、釈明権不行使の違法あること明白であるし(この点、釈明権行使あれば、本件残余財産が破産財団にとって何らの価値のないこと即時に認めるものであること自明のところであるから)、且つ、本件請求の本件登記にかかる権利が追加配当の目的となる程度のものに該当しないことは後記のとおり客観的に明白なものであるから、この点において、明らかな事実誤認のあることが明白であり、その限りでこれが判決に影響を及ぼすこと明らかなものである。

八、而して、本件についてみるに、本件破産事件の破産管財は、昭和四一年一〇月一三日に始まり昭和五〇年一二月二五日迄九年二ケ月にわたって行われ、その手続中、上告人より何らの申出もなく、管財人において本件登記の存在すら知らずに右破産管財手続を終了し、以後約一五年余を経て初めて本訴が提起されて本件登記の存在が判明したものであること一見明白なものである。そして、被上告人は本件登記について、その登記原因は存在しないものとして、これが無条件抹消登記手続を求めるものであり、上告人においては抹消登記請求の如きは、上記のとおり破産終結後の破産管財人の業務に該当しないと争うものである。

而して、本件登記にかかる権利(根抵当権等)についてみるに、その設定原因が存在し、それが有効であると共にその被担保債権が存在しなければ価値の存しないものであるところ、その登記原因の存否は勿論、本件登記にかかる権利の被担保債権の存否そのものが不明である。

その上、右被担保債権が存するとしても破産者が会社であるから、その保有する債権は五年の時効により消滅するのが一般であるところ、上記一〇年近い破産管財中に管財人が発見し得ず、見出し得なかった財産として、債権の消滅時効(五年乃至一〇年)を経過して時効中断につき何らの保全の手立てもとられていないものであること(知らない資産にその保全処置をすることはあり得ない)明白な上に、被上告人においても本訴提起まで破産管財人(及びその職にあったもの)に対し、何らの申出もしなかったことが明らかなものである。

而して、被上告人より無条件の抹消登記を求めるものであるから、右請求は当然に被担保債権が存在すれば、その消滅時効を援用する意思表示があると解するのが常識である。かかる本件根抵当等を追加配当の財源となるべき財産と目すべきことは常識上ありえないこと明白であろう。

九、そして、更に原審判示のいう「具体的調査検討」とは如何様に何によって行えというのであろうか。破産管財人の関与して作成された書類の保存期間が商法四二九条の類推から一〇年と解され、右管財人の保管していた破産者の関係帳簿、書類も右期間経過とともに、保存期間が経たものとされるところ、その保存期間を経過したこと明らかであり、調査、検討すべき資料そのものが破産管財人の手元に存在しないことは一般取引社会の常識上から明らかなところであるに拘らず、これを行えというものとしか解されないから、これは、いわば不可能なことを破産管財人に求めて破産管財人の責の負担を不当に重くするもの以外の何ものでもないから、衡平の観点から許されないものといわざるをえない。

そして、少なくともこの点において、原判決は右取引社会の常識に反するものとして経験則違背の違法があるものといわざるを得ない。

一〇、而して、破産管財人が破産終結決定後に管理処分権を行うべきものは、追加配当可能な財産についてであることが当事者の主張、事柄の性質、その他諸般の事情から明らかである例外的な場合のみでなければならず、右の如き例外的場合に該当しない限り、破産管財人はこれを行うことを求められないというべきである。そして、右例外的な場合に該当しない限り、本来の姿にかえって管理処分権を回復した破産者において残余財産の管理を行えば足りるものである。なぜならば、かく解しない以上、破産管財人は破産終結後、何らの破産財団なしに、且つ法律上の義務なく労力、費用の負担を強いられて当該財産の追加配当可能な財産であるか否かの調査を強制されるという不当な結果を招くこと明らかであるからである。そして、これが上記破産管財人の本来の任務をはなれ、本質に反すること明らかである。

この限りにおいて、原判決に破産法の仕組み、破産管財人の任務について誤解の存する違法があるものといわざるを得ない。

一一、以上のとおり原判決には多くの違法があり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである。破棄をまぬがれないものである。

以上

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